横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)58号 判決 1999年9月22日
原告
かわさき市民オンブズマン
右代表者代表幹事
篠原義仁
同
奥田久仁夫
同
江口武正
右訴訟代理人弁護士
篠原義仁
同
渡辺登代美
同
根本孔衛
同
杉井厳一
同
児嶋初子
同
岩村智文
同
西村隆雄
同
藤田温久
同
三嶋健
同
大川隆司
同
森田明
被告
三田工業株式会社
右代表者代表取締役
田村勝年
右訴訟代理人弁護士
村野光夫
主文
一 被告は、川崎市に対し、同市から金一億六〇四四万五一六〇円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録記載一の土地につき、横浜地方法務局川崎支局平成八年一二月二日受付第四四九二七号をもってされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
二 被告は、川崎市に対し、同市から金四億五六七七万三三〇六円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録記載二の土地につき、横浜地方法務局川崎支局平成九年三月二五日受付第九八八五号をもってされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三 被告は、川崎市に対し、同市から金一億六〇四四万五一六〇円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録記載三の建物を収去して同目録記載一の土地を明け渡せ。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項と同旨
2 主文第二項と同旨
3 被告は、川崎市に対し、別紙物件目録記載三の建物を収去して同目録記載一の土地を明け渡せ。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 第3項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前
(一) 本件訴えのうち、請求の趣旨第1項及び第3項にかかる部分をいずれも却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 当事者
(一) 原告は、川崎市(以下、単に「市」という。)に事務所を置き、市を中心に地方公共団体等の不正・不当な行為を監視し、それらを是正することを目的とする法人格なき社団である。
(二) 被告は、一般土木工事の設計及び施行並びに管理等を業とする株式会社である。
2 本件各売払契約等
(一) 別紙物件目録記載一の土地(以下「大島の土地」という。)の売払契約
(1) 市は、平成八年一〇月二二日、被告に対し、大島の土地を代金一億六〇四四万五一六〇円で売り渡した(以下「本件売払契約一」という。)。
(2) 被告は、大島の土地について、本件売払契約一を原因とする主文一項記載の所有権移転登記を経由している。
(3) 被告は、大島の土地上に別紙物件目録記載三の建物(以下「本件建物」という。)を建築して所有している。
(二) 別紙物件目録記載二の土地(以下「大師河原の土地」といい、大島の土地とあわせて「本件各土地」という。)の売払契約
(1) 市は、平成八年一一月二七日、被告に対し、大師河原の土地を代金四億五六七七万三三〇六円で売り渡した(以下「本件売払契約二」といい、本件売払契約一とあわせて「本件各売払契約」という。)。
(2) 被告は、大師河原の土地について、本件売払契約二を原因とする主文二項記載の所有権移転登記を経由している。
3 本件各売払契約の無効
(一) 公序良俗違反(贈収賄行為に基づく売払契約)
(1) Aの職務権限
Aは、平成六年四月から平成九年三月まで、市土木局用地部長の地位にあって、首都高速道路公団(以下「公団」という。)が建設中の高速川崎縦貫線(以下「川崎縦貫線」という。)の建設に伴う代替地の取得及び処分等に関する事務を掌理する権限を有していた。
(2) 被告の状況と土地払下げの働きかけ
被告は、昭和五一年ころより、Bからその所有する川崎市川崎区田町所在の土地「以下「田町の土地」という。)上の建物を賃借していたが、昭和六三年ころ、同土地の一部が川崎縦貫線の建設用地として立ち退きの対象とされたため、被告の代表取締役を務めていたCは、平成七年秋ころから、Aに対して、市土木事務所のかつての使用地である大島の土地と、資材置場として適当な他の約六〇〇坪の土地(以下「資材置場用地」という。)とを代替地として払い下げるよう、働きかけた。
(3) Aの対応
Aは、平成八年一月一八日ころ、自らが幹事長を務める市の代替地取得・処分委員会(以下「代替地委員会」という。)の幹事会(以下「幹事会」という。)において、大島の土地の被告への払下げの了承を得た上、その直後ころ、代替地委員会において、持ち回りで右の内容の払下げの決裁を得た。
市は、被告との間で、同年二月一三日、近く大島の土地を払い下げる旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を締結した。
次いでAは、同年九月二四日市土木事務所の使用地として行政財産扱いとなっていた大島の土地を普通財産として管理換えする手続をとった上、同年一〇月二二日大島の土地の払下げに関する普通財産譲渡伺書の決裁を受けた。そして、同日、本件売払契約一が締結された。
またAは、同年一〇月一七日幹事会において、大師河原の土地の払下げについて了承を得、同年一一月二七日普通財産譲渡伺書の決裁を受け、同日本件売払契約二が締結された。
(4) 賄賂の授受
Cは、右(2)(3)に前後して、次のとおりAに対し五回にわたり賄賂を供与(以下「交付」ということがある。)した。
① 平成八年三月二八日の一〇〇万円
Cは、平成八年三月二八日、市労連会館において、Aに対し、代替地払下げに関し有利・便宜な取り計らいを受けたことの謝礼及び今後も同様な取り計らいを受けたい趣旨のもとに現金一〇〇万円を供与し、Aは右趣旨を認識しながら右現金を収受した。
② 平成八年五月一六日の二〇〇万円
Aは、平成八年五月上旬ころ、Cに架電し、「知人の連帯保証人となって、五〇〇万円を返済しなければならなくなった。当面二〇〇万円あれば足りるので、お願いします。借用証を入れますから。」と、金銭の借用に藉口して、現金二〇〇万円を要求した。
Cは、Aが前同様の趣旨の賄賂を要求してきたことを認識した上、「分かりました。借用証なんていりません。」と即答し、同月一六日市役所第三庁舎一八階のエレベーターホールにおいてAに対し前同様の趣旨のもとに現金二〇〇万円を供与し、Aは右趣旨を認識しながら右現金を収受した。
③ 平成八年六月一二日の三〇〇万円
Cは、Aから大師河原の土地の払下げが可能であるかもしれない旨を伝えられたため、平成八年六月一二日、市内のファミリーレストランにおいて「お困りでしょうから、お使い下さい。」と言いながら、Aに対し前同様の趣旨のもとに現金三〇〇万円を供与し、Aは右趣旨を認識しながら右現金を収受した。
④ 平成八年一〇月一一日の一〇〇〇万円
Aは、平成八年七月ころ、再三にわたり、不動産鑑定士Dに指示して減額方向で大師河原の土地を再評価をさせた上、約四億五五〇〇万円(一坪当たり約七六万円)との評価を得たところで、これにCが納得して、大師河原の土地払下げの合意が整った。
Cは、同年一〇月一一日、③の時と同じファミリーレストランにおいて、Aに対し、前同様の趣旨のもとに現金一〇〇〇万円を供与し、Aは右趣旨を認識しながら右現金を収受した。
⑤ 平成九年四月一八日の二五〇万円
Aは、平成九年四月ころ、Cに対し、金銭の借用に藉口して、現金二五〇万円を要求したところ、Cは「借用証はいりません。」と言ってこれを了承し、同年一八日、Aに対し、代替地払下げに関し有利・便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨で、現金二五〇万円を供与し、Aは右趣旨を認識しながら右現金を収受した(以下、以上の前後五回にわたる現金の贈収賄行為をあわせて「本件贈収賄行為」という。)。
(5) 賄賂とAの行為の関係
本件売払契約一は、借家権者に過ぎなかった被告に対し、延べ床面積五八七平方メートルの借家に代えて、延べ床面積七七八メートルの建物を確保できる市有の大島の土地(容積率一〇〇パーセントの地域にあるため、地積三九八平方メートルの倍が床面積の上限)を売り渡すというものであるが、それについては、Aの尽力により、当初公募対象地となっていたのを対象外にさせ、さらに行政財産から普通財産に管理換えした上、時価で払い下げさせたものである。なお、当時地価の値下がり傾向が続いていたため、市有地は含み損の顕在化をおそれて時価による払下げが困難になっていたものであったが、大島の土地は簿価が低く売払をしても含み損があまり顕在化しないものであった。
また、本件売払契約二は、被告が田町の土地の付近で従前事実上使用していた空き地約二〇ないし三〇坪の土地に代えて大師河原の土地の売払をしたものであるが、これについては、大師河原にあった合計約一ヘクタールの土地で当初株式会社E(以下「E」という。)に全部払い下げられる予定であったもの(以下「大師河原の約一ヘクタールの土地」という。)につき、Aがそのうち約六〇〇坪を分筆させ(分筆後の土地が大師河原の土地)、さらにD鑑定士にも働きかけて価格を低額にさせて払い下げさせたものである。
したがって、本件各売払契約は、地方自治法上例外とされている随意契約の方式によるもので、かつ、市における「公共事業の施行に伴う代替地対策に係る事務処理要領」(以下「市代替地対策要領」という。)の通常の取扱いでは極めて困難な借家権者に対する払下げである。これは、本件贈収賄行為と密接に関係し、それによりAが職務上の影響力を行使し、その特段の尽力によって成立したものであるから、公序良俗に反し無効である。
(二) 適正な対価によらない譲渡(地方自治法二三七条二項違反)
(1) 大師河原の土地の売払価格は、値下げが繰り返された挙げ句、一平方メートル当たり約二三万〇二九〇円とされたのであり、市が平成九年三月四日Eに売り渡した隣接地の価格(一平方メートルあたり約三九万八七九〇円)とも異なり異常に低額である。
(2) このように本件売払契約二は、大師河原の土地を、適正な対価なくして譲渡したものであり、地方自治法二三七条二項に違反し無効である。
4 監査請求の経由
原告は、平成九年一〇月八日、市監査委員に対し、本件各売払契約は犯罪行為に基づく違法不当なものであるから、本件各土地を取り戻すべき旨市に勧告する措置を講ずるよう請求(以下「本件監査請求」という。)したが、市監査委員は同年一二月八日右請求を実質的に棄却する旨の通知を原告に対してした。
5 よって、本件各売払契約はいずれも公の秩序又は善良の風俗に反して無効であり、加えて本件売払契約二は、地方自治法二三七条二項にも違反する無効な財務会計行為であるから、原告は、本件各売払契約の相手方である被告に対し、同法二四二条の二第一項四号に基づき、市に代位して、原状回復として、本件各土地の売払代金額と引き換えに本件各土地の所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求めるとともに、本件建物を収去して大島の土地を明け渡すことを求める。
二 被告の本案前の主張
地方自治法二四二条の監査請求は、自治体に財務上の損害が生じたことが要件とされているところ、原告は監査手続中に、本件売払契約一の売払価格が適正であったことを認める旨の陳述をしたため、市監査委員は、本件売払契約一を監査の対象として扱わなかった。
したがって、本件売払契約一については監査請求を経由したことにならず、請求の趣旨第1項及び第3項の訴えは不適法であるから却下されるべきである。
三 本案前の主張に対する原告の答弁
争う。
四 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1、2及び3(一)(1)から(4)までの各事実は認める。
2 同3(一)(5)の主張は争う。
3 同3(二)の主張は争う。
4 同4のうち、本件監査請求があったことは認め、その余の事実は否認する。
5 同5の主張は争う。
五 被告の主張
1 本件各売払契約の相当性
Aが賄賂を受領したことはもちろん犯罪となる違法な行為であるが、本件各売払契約の実現に関しては、左記の事情があり、本件各売払契約は公序良俗に反するものではない。
(一) 市代替地対策要領の性格
市代替地対策要領は、市土木局内部のいわゆる行政規則に過ぎないから、同要領違反の行為は、行政内部の責任問題を生じさせることはあっても、外部者である被告との関係で違法無効原因となるものではない。
(二) 借家人に対する代替地提供の可能性
市代替地対策要領は、借家人に対する代替地の提供を禁止しているものではないから、本件における被告に対する代替地の提供は同要領に違反するものではない。
(三) 借家の敷地面積と代替地との面積の関係の理由
大島の土地には、被告が従前資材置場や駐車場等として利用していた空き地に相当する部分がない。大師河原の土地は、この空き地の代替地に相当するものであり、奥行きは約九三メートルあるものの、間口が約一五メートルと狭小であり、資材搬出入用の道路を確保すると、実質的に利用可能な面積はさほど大きいものではない。したがって、本件各土地が田町の土地と比して過大に広いものとはいえない。
(四) 大師河原の土地の売払価格の相当性
本件各土地は、不動産鑑定士による鑑定価格で売り払われたものである上、一般に、売買の交渉過程で値下げや値上げが繰り返されて最終的に適正な価格で合意に達することは日常茶飯事であるから、本件売払契約二による大師河原の土地の払下げが適正な対価のない譲渡であるとはいえない。
Eが購入した隣地との価格差も、間口狭小、奥行長大、不整形地という客観的事実を考慮した結果に過ぎない。
(五) 随意契約によることの適法性
本件各売払契約を随意契約の方法によったことについては、市自体がこれを適正であるものとして報告している。
2 本件贈収賄行為と本件各売払契約との因果関係の不存在
次のとおり、本件贈収賄行為と本件各売払契約との間には因果関係がないので、本件各売払契約は公序良俗に反して無効となるものではない。
(一) 川崎縦貫線用地取得の急務性
本件各売払契約は、平成六年度に東京湾岸線三期、四期分が供用開始され、川崎縦貫線の用地取得が急務となったため、Aにより右要請に応えてなされたものであり、本件贈収賄行為と対価関係がない。
(二) 合議制
本件各売払契約は、代替地委員会と幹事会の合議制によって意思決定されたのであって、両合議体を構成する一二名のうち、収賄していたのは一名のみである。
(三) 不動産鑑定士による鑑定
本件各土地は、不動産鑑定士の評価した鑑定価格によって売り払われた。
3 損害の不発生
住民訴訟制度は、違法な財務会計行為により普通地方公共団体に損害が発生した場合に、それを補填するために必要な限りで一定の請求ができるものであり、特段の事情がない限り、損害賠償請求等の経済的価値の保全措置を超えて原状回復措置までをも求め得るものではない。本件の場合、土地価格の下落により、本件各土地を市に返還することは、かえって市に損害をもたらすものであるから、原告の本訴請求は棄却されるべきである。
六 被告の主張に対する原告の反論
大師河原の土地の値下げ分約一億五〇〇〇万円は、Eに対する土地払下げ代金に上乗せされており、市は、Eのこの損害を補填するため、EからE高等工業専門学校跡地を買い取る際に約一億八〇〇〇万円を上乗せするとの約束をしているから、市に損害は残っている。
また、そもそも住民訴訟制度は、「公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟」(行政事件訴訟法五条)として認められた民衆訴訟の一種であって、違法行為の是正を求めることができる制度であるから、その目的は損害填補のみに矮小化されるべきではなく、原状回復請求が損害賠償請求に対して補充的な関係に立つという解釈も全く根拠がない。
第三 主な争点
一 売払価格が適正である場合と売払契約の監査対象性
二 市の担当者に賄賂が交付された場合と当該売払契約の効力
理由
(証拠で認定した事実については、事実の前後に証拠を略記した。証拠の記載のない事実は、争いがないか一度認定したものである。)
第一 被告の本案前の主張の当否
一 被告の主張内容
被告は、「大島の土地を目的とする本件売払契約一の売払価格が適正であることを原告において認めたから、本件売払契約一は監査対象から除外された。よって、本件売払契約一に関する請求の趣旨1及び3の訴えは、不適法である。」旨を主張するので、まずこの点について判断する。
二 監査の内容
証拠によれば、以下の各事実が認められる。
1 原告は、市監査委員に対し、平成九年一〇月八日、本件各売払契約について、以下の三点(甲一)の是正が行われる必要があるとして、適切な勧告の発動を求め、地方自治法二四二条一項に基づき本件監査請求をした。
(一) 借地権を有しない被告に田町の土地に代わる代替地が提供されたこと。
(二) 田町の土地の面積に対して、六倍近くもの面積の代替地を提供したこと。
(三) 本件各土地を安価に払い下げたこと。
2 市監査委員は、平成九年一一月四日、地方自治法二四二条五項に基づき、原告代表幹事奥田久仁夫及び同江口武正の陳述を聴いた上、措置請求書の内容を勘案の上、監査対象事項を、ア 代替地提供対象者について、イ 代替地として提供できる土地の面積と範囲について、ウ 売払価格の適正性と損害発生の有無についての三点と確定した。(甲五)
3 市監査委員は、大島の土地の売払価格が一平方メートル当たり四一万二〇〇〇円であったことにつき、原告が、「概ね妥当な範囲の価格であった」と述べたため、大島の土地の売払価格については、監査対象としないものとした。そして、市監査委員は、その余の点については監査委員の合議による意見の一致をみなかったので、監査の結果を決定し得なかったものとした。(甲五)
三 売払価格以外の監査事項の有無
右のとおり、原告は、本件監査請求において、大島の土地について、前記二1(三)の点にとどまらず、二1(一)(二)の点を是正するために必要な措置を講ずべきことも請求しており、市監査委員は、二1(三)に対応する二2ウの点は監査対象としないこととしたものの、二1の(一)(二)に対応する二2のア及びイは監査対象事項とした。そして、原告が、大島の土地の二2のアイの各監査対象事項について、監査請求を取り下げているような事情は認められず、監査委員は「その余」の点については意見の一致をみなかったものの、監査対象とはしていたものである。つまり、市監査委員は、大島の土地を被告に払い下げること及び大島の土地の面積と範囲の当否については、監査をしているのである。
しかも、そもそも監査請求の制度は、地方公共団体の機関又は職員について、違法又は不当な財務会計行為があるとき、又は財産の管理を違法又は不当に怠る事実があるときに、住民に「当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は……当該普通地方公共団体の被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる」(地方自治法二四二条一項)権能を与えたものであり、損害を補填するだけでなく、財務行為の是正をすることもその制度目的となっているというべきである。したがって、前記のとおり大島の土地を被告に払い下げること及び大島の土地の面積と範囲の当否を市監査委員が監査したことは、本来的な監査事項を監査したものであって、監査事項でない事柄について事情として触れたといったことではない。前記のとおり大島の土地の売払価格が監査請求人から適正の範囲内にあるとされたためにその価格の当否が監査対象とされなかったことは被告指摘のとおりであるが、そのために大島の土地についておよそ本来的な監査事項がなくなり本来の監査がされなかったということではない。したがって、大島の土地に関する部分についても、適法な監査請求が経由されているものというべきである。
よって、被告の本案前の主張は理由がない。
第二 本件各売払契約の効力
一 基礎となる事実
請求原因1(当事者)、同2(本件各売払契約)及び同3(一)(1)から(4)(本件各売払契約の成立に前後して賄賂が授受されたこと)の各事実は当事者間に争いがない。
二 争点と判断基準
そこで、本件各売払契約がCのAに対する賄賂の交付の結果として成立するなどして、公序良俗に反して無効であるか(請求原因3(一))について判断する。
贈収賄行為は、これを分析的に見ると、賄賂の約束若しくは授受行為そのもの又は賄賂の対価として行われた公務員の行為ということになるところ、それを民事上の法的な行為の観点からみると、①贈与契約(賄賂の授受約束)、②その履行行為(賄賂の授受)、③贈与(賄賂)を受けることの対価としてなされる何らかの法的な行為という捉え方をすることが可能となる。このうち、①及び②の行為は、刑法上の犯罪行為であり、著しく違法性の強いものであるから、民事上も原則として違法性を帯びることになると解される。次に③の行為、すなわち賄賂の対価としてなされる法的な行為のうちには、賄賂が伴わなくてもその内容自体がもともと違法な行為というものもあろう(刑法一九七条の三参照)が、反対に賄賂が伴う場合に初めて違法性を帯びるという行為もある。本件で問題となっている市有財産の私人への売払は、主として後者の問題であり、賄賂を伴わない通常の場合のことであれば所定の手続に従ってされるものである限り違法無効を招来しないが、賄賂があったためになされたという場合であれば、違法性を帯びたものとなり、その他の動機や前提行為の不法性の強さ、賄賂と公務員の行為との関連性の程度等を総合して、原則として公序良俗に反する無効のものとなると解するのが相当である。
三 本件売払契約一の効力
そこで、右の基準を前提に、まず、本件売払契約一が公序良俗に反するか否かを検討する。
1 本件売払契約一の成立に至る経緯
甲二一・二二及びその他の証拠(適宜掲記する。)によれば、本件売払契約一が締結される経緯に関して、以下の各事実が認められる。
(一) 被告は、昭和五〇年ころ田町の土地上の建物(以下「田町の借家」という。)を自宅兼事務所兼従業員宿舎としていたところ、田町の土地が昭和の終わりから平成の初めころ、公団が建設する川崎縦貫線工事の対象地となったことを知った。そこで、被告の代表者のCは、代替地を探していたところ、平成六年秋ころ市の土木資材置場として使用されていた市有の大島の土地を見つけ、公団の湾岸線建設局川崎用地事務所(以下「公団事務所」ということがある。)に赴き、大島の土地の市から被告への払下げについての協力を依頼した。しかし、公団では、地権者ではない借家人(甲二六の五項)には代替地を譲るわけにはいかないが、土地探しには協力しようという対応をする程度にとどまった。
(二) なお、田町の借家の家主兼敷地(田町の土地)の地主であるBは、田町の土地を公団に譲渡しても代替地は不要という立場であった。ただし、Cが川崎縦貫線の工事計画の話に先立ちBを相手に賃借権確認・工事妨害禁止の訴訟を提起し、昭和六三年一二月に和解が成立したところ、そこでは、Cは借地権を有しないことを確認する、Bは代替地は不要であるものの、Cが代替地を取得することにつきBに不利益にならない範囲で相当の協力をする旨が合意された。(甲二六、乙三)
(三) Cは、(二)のとおりBとの和解の内容を伝える等して(一)のとおり公団に大島の土地の取得方の協力を依頼したが、その折衝には限界があった。ただし、市からの要請があれば、払下げの願い書を公団事務所長において書いてもよいという言質を公団から取ったので、Cは、朝鮮総連の教育委員会委員長等をしていて市役所に話を持っていくこともできる被告土木部長の職にあったFを市役所に行かせ、市の公有地の担当責任者が市の用地部長のAであることを知った。そこで、Cは、Aに会ってこの件を相談及び依頼しようと考え、電話を入れて面会の機会を得た。(甲二三・二四)
(四) 一方Aは、(一)のとおり平成七年ころから、川崎縦貫線用地の取得を巡って、公団と被告との間の交渉が難航していることを公団から聞いていた。
Aは、知人からも被告の面倒を見てくれと頼まれたこともあって、被告が希望する大島の土地について被告の希望に応じることもできるようにしておくこととし、当時市の公募による売却予定地のリストに載っていた大島の土地について、遅くとも平成七年九月二八日までに、代替地用にするから右リストから外すよう所管課(企画財政局管財課)に対して指示してこれを済ませておいた。(甲一〇の六丁表)
(五) (三)及び(四)の状況にあったところ、Cは、平成七年一〇月ころ、Aを訪ね、大島の土地を代替地として市から提供して欲しい、また、資材置場用地として、三〇〇から五〇〇坪くらいの代替地を払い下げて欲しい旨を伝えた。なお、後者の資材置場の件は、後記四のとおりの大師河原の土地の売払に連なることとなった。
Aは、Cに対し、大島の土地を田町の土地の代替地として確保している旨を告げた。
(甲二一の八・一一項、甲二六の八項。なお、CがAに初めて会った時期については平成六年春ころというA自身の供述―甲二八―もあり、CのAへの働きかけがあったのが平成七年一〇月よりもう少し早い時期であった可能性もあるが、他の証拠との整合性から、前記のとおり平成七年一〇月ころと認定した。)
(六) 大島の土地は、(四)のとおり公募対象地のリストから除外されてはいたものの、市土木事務所の資材置場であり行政財産として管理されていたので、これを代替地として払い下げるには、市の手続上、普通財産への管理換えが必要であり、さらに公団からの協力依頼文書と市の広域交通対策室からの副申が必要であった。(甲一三の五項)
Aは、公団から市に対して協力依頼文書が出れば、払下げが可能となるとCにも伝えていたので(甲二六の八項)、これを受けた被告のFがそのころ、公団にその旨を要望した(甲一五の三項(3))。しかし、そもそも市代替地対策要領には借家人に代替地を提供することは規定されておらず、公団ではそれはできないと解釈していたので、公団の川崎用地事務所の用地第二課長は、被告からの要請があることだけを市の広域交通対策室主査に連絡した。その旨の連絡を受けたAは、借家人である被告には払下げができないと聞いているとの右の主査の意見があったにもかかわらず、市への協力依頼方を公団に要請するようにと指示するばかりであった。そのような指示を受けても、公団の担当課長は、なかなか応じなかったものの、最終的にはこれに応じた文書案を作成した。そして、平成七年一〇月三一日にAら市の担当者、公団事務所長ら公団担当者及びCら被告担当者が集まった際に、Aが公団に代替地提供方につき協力を依頼する旨の文書を至急市に出して欲しいと強く指示し、公団と被告との補償契約が成立した時点で大島の土地を被告に払い下げるとの説明がされた。(甲一五の三項(4)から末尾まで、甲一六の四項から六項)
ここにおいて、公団は、市に対し協力依頼書を出すことを承諾し、平成七年一一月一五日ころそれが出され(甲一六の六項)、また市においては、広域対策室長から用地部長に対する「当部では公団とともに用地買収を鋭意進めているが、当事業に係る被告より代替地提供を要望されています。つきましては、貴殿管理の代替地を払下げ願いたく、公団依頼書に副申を添えるものです。」旨の副申(甲一〇の資料5の一五枚目)がそのころ出された。(甲一五の四項以下)
(七) (六)の協力依頼書があることが有力な事情となり、平成八年一月一八日ころ、用地部長(A)を幹事長、用地部各課長、各課主幹らを構成員とする幹事会において、鑑定価格に準拠した代金で大島の土地の被告への払下げが決定されたが、同幹事会においては、Aの意見に反対する者はいなかった。(甲一〇・一三)
また、平成八年二月一三日には、市助役を委員長、土木局長を副委員長、土木局次長、用地部長(A)、用地部各課長を構成員とする代替地委員会の決裁も行われたが、同委員会は実際に開催されたことはなく、その実態は、幹事会における決定を、一か月ごとに回議書によりいわゆる持ち回りで報告して、代替地を取得又は処分するのに必要な伺書の決裁印を押捺してもらうというものであり、代替地委員会において、幹事会の決定が覆ることはなかった。(甲一三・二〇)
(八) 被告の立退交渉は、この時点においても、なお難航していたところ、Aは、大島の土地を公募予定地のリストから外すよう指示していた関係から、同年度中に代替地の処分をした形を作ることとした。その結果、平成八年二月一三日、市は、被告との間で、本件覚書(甲一〇の資料6の三枚目)を締結した。
(九) 難航していた公団と被告との間の移転補償契約(立退交渉)が平成八年九月二五日にまとまったが、これと前後して、同月二四日、Aは、行政財産扱いとなっていた大島の土地を普通財産に管理換えする手続を取るとともに、同年一〇月二二日、大島の土地の払下げに関する普通財産譲渡伺書の決裁を受けた。そして、同日、本件売払契約一が締結され(甲一〇)、代金の決済及び移転登記手続がなされた。
(一〇) これらの間、Cは、Aに対し、いずれも代替地払下げに関し有利・便宜な取り計らいを受けたことの謝礼又は今後も同様な取り計らいを受けたい趣旨のもとに、平成八年三月二八日現金一〇〇万円、同年五月一六日現金二〇〇万円、同年六月一二日現金三〇〇万円、同年一〇月一一日現金一〇〇〇万円を供与し、さらに、平成九年四月一八日に現金二五〇万円を代替地払下げに関し有利・便宜な取り計らいを受けたことの謝礼の趣旨のもとに供与し、Aは右各趣旨を認識しながら右各現金を収受した(争いがない。)。
なお、これらの賄賂の主な目的が本件売払契約一の成立のためのものか、同二のためのものかについては、後記のとおりである。
2 本件売払契約一の公序良俗違反性
以上認定の事実によれば、本件売払契約一は、市代替地対策要領に定める幹事会、代替地委員会の審議を経て決定され、売払価格は不動産鑑定士による鑑定価額の範囲内で決定されたものであるから、賄賂の点を除けば明白な内部手続上の違法があるとはいえない。しかしながら、そもそも、本件売払契約一は、借家人に代替地を提供するというものであること、そのために事業主体である公団から協力依頼書を渋々提出させたこと、代替地を大島の土地にするという具体的な決定は被告の希望によるものであり、それを実現するために、既に公募対象地リストにあった大島の土地をそこから除外し、また行政財産として管理されていた大島の土地を普通財産に管理換えしたこと、被告と公団との補償契約の成立が長引くので公募対象リストから除外させたこととのつじつま合わせに市から被告に売り払う旨の覚書を作成したこと、以上の諸点で極めて異例の契約であったものである。そして、そのような極めて異例の売払契約の成立にこぎ着けたのは、1に認定の事実と賄賂との時期的な関連などに照らし、市の用地管理に関するAの強い権限と市の公団に対する優越的な地位とを背景にしたAの被告に対する有利な取り計らいがあったためであり、それを背後から決定的に基礎づけたのはCのAに対する贈賄行為があったためであるということが相当である。そして、これらの贈収賄については、刑事事件として立件され、A及びCとも実刑判決を受け、現在服役中であり、その反社会性は強いものとする刑事裁判所の評価が確定しているものである(甲九、弁論の全趣旨)。
なお、Aは市の用地部長であり、市を当事者とする売払契約の最終の決定権者ではないが、本件における市有の個別の土地の売払のような案件に関しては、1(九)の前と後とを対比すると明らかなように、最終決定権者の市長は、担当部局の者がその権限に基づき判断をすると、特段の事情がない限り、それまでの関係者の決裁を踏まえて最終決裁をすることになるのが通例であり、そのことに監督責任違反の有無はあり得ても、積極的な主導的責任はないといわざるを得ない。したがって、前記のとおり本件売払契約一は、市において実務レベルの権限を有する地位にあったAの尽力で成立したということができるものである。また、本件贈収賄行為は、金額の割合的な面からすると後記の本件売払契約二の成立に向けられた面が大きいともいえるが、五回にわたる本件贈収賄行為の際の賄賂の金額がどれも看過することのできないものであり、また本件売払契約一と同二とは不可分の関係にあり、C及び被告の従業員の生活基盤の確保の面からは住宅地域にある大島の土地(甲二六)の獲得に重要な意味があることなどを総合すると、本件売払契約一と後記の同二とで性質を分けることはできないのであり、両者一体として捉えるべきである。
以上のとおりであるから、本件売払契約一は、違法性を帯びたものであることはもちろんのこと、公序良俗に違反し、無効のものといわなければならない。
3 被告の反論に対する判断
(一) 被告は、市代替地対策要領が内部規則であるから外部の者との本件売払契約一の違法無効をもたらすものではない旨、右要領は借家人に対する代替地提供を禁止していないから本件売払契約一は要領に違反しない旨を主張する。しかし、右の要領の定めるところからすると極めて異例な代替地払下げが賄賂を主な原因としてなされたことが問題なのであり、規則が内部的かどうか、売払が規則に反していないかどうかだけが公序良俗違反の成否を決するものではないのである。
同様に、被告が指摘する田町の土地と代替地との均衡の許容性及び随意契約の方法によったことの適法性については、仮にそのような売払それ自体が適法のものとして可能としても、本件売払契約の成立が少なくとも本件において極めて異例のことで、通常の事態としては説明できないものであり、かつ本件贈収賄行為がそのような結果をもたらしたことの主な原因となっていることが問題なのである。
したがって、右の被告の各主張は、本件売払契約一が公序良俗違反となるという2の判断を妨げる事情となるものではない。
(二) また、被告は、当時川崎縦貫線用地の取得が急務になっていたことを指摘して、大島の土地の払下げの正当性を主張するが、早急に解決しなければならない必要性があってそのことが本件売払契約一の成立に結びついたものと認めるに足りる的確な証拠はなく、また仮に契約成立が急務であるとしても、そのために公序良俗に反する行為をすることが許されるわけでもない。被告の右主張は理由がない。
さらに、被告は、代替地委員会及び幹事会が合議制であることを指摘して賄賂と本件売払契約一との因果関係がないことも主張するが、代替地委員会と幹事会の合議の実質が形骸化していたことは、前記認定した各事実からも明らかであり、右の制度的な仕組みが被告の賄賂と本件売払契約一との強い結びつきを否定できる事情となるものではない。
そして、本件売払契約一における売払価格が不動産鑑定士の鑑定の範囲内のものであるとの被告の指摘についても、それだからといって、本件売払契約一という極めて異例の契約が賄賂を主な原因として成立したことを否定する理由になるものではなく、右の点は、本件売払契約一が公序良俗に反するとの評価を妨げる事情とはならないというべきである。
(三) 被告は、住民訴訟は自治体に損害が発生していることを要件とする旨を主張する。
しかし、地方自治法二四二条の二に定める住民訴訟の前提にある同法二四二条の住民監査請求は、第一の三末尾でも述べたように、普通地方公共団体に所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実がある場合に、当該普通地方公共団体の住民に対して、当該違法な行為又は怠る事実により当該普通地方公共団体が被った損害を補填するためのみならず、当該違法な行為を防止若しくは是正し、又は当該怠る事実を改善するためにも、必要な措置を講ずるべき旨の監査請求する権能を与えているのである。そうすると、それを受けて住民から提起される住民訴訟が普通地方公共団体に損害が生じていることだけを制度的な前提としているとはおよそ考えられない。そして、規定の文言上被告主張のような限定もない。したがって、被告の右主張は採用することができない。
また、土地の評価額は時々で変化するものであり、土地は使用目的によっては金銭に換えがたい面もあるから、住民訴訟において損害の有無を判断する場合にも、土地の金銭的な価額の多寡だけによって判定されるべきではない。そうすると、仮に大島の土地の現時点での価額が本件売払契約一の時点の価額より低額となっていると想定しても、直ちに損害がないと即断することは相当ではない。したがって、裁判所において金銭評価をして市に損害があるかどうかを判断し右の損害がない場合に住民訴訟の理由がないことになるという被告主張の考え方は、相当ではなく採用することができない。なお、本件では、Eへの補填的な約定の履行が問題となるとの原告の指摘もあるので、ここでの損害の有無を表面的にのみ扱うことは一層相当ではない。このような考え方によれば、被代位者の市は、なお質的な損害があるとして、あるいは要件を充足するとして、原状回復(すなわち引換給付)の本件住民訴訟の勝訴判決を得ることができ、判決の効力を受けることとなるが、代金額を提供する義務があると判決で判断されるわけではないから、代金を提供して大島の土地を取り戻す(なお、被告を債務者とする抵当権が設定されているので、所有権移転登記の抹消登記手続をするためには、抵当権設定登記の抹消承諾請求をする必要もある。)か、購入時の代金額を価値があるとみて土地を取り戻さないことと変わらない状態を作り出すかについては、なお判断をする機会を得られることとなり、結果的にも相当であると解されるのである。
さらに、被告は、住民訴訟においては、特段の事情がない限りは、損害賠償請求等の経済的価値の保全措置を超えて原状回復請求までを求め得るものではない旨も主張する。しかし、地方自治法二四二条の二第一項四号は、普通地方公共団体に代位して行う違法な行為又は怠る事実の相手方に対する住民訴訟の類型として、法律関係不存在確認請求、損害賠償請求、不当利得返還請求及び妨害排除請求と並列する形で原状回復請求を規定しているに過ぎず、これらのいずれの類型によるかは当該訴訟を提起する住民の選択に委ねられているというべきであり、他に被告の右主張のように解するべきであるとの特段の理由も見当たらない。
四 本件売払契約二の効力
次に、本件売払契約二が公序良俗に反するか否かについて検討する。
1 本件売払契約二の成立に至る経緯
甲一八ないし二四、二六及び二七並びにその他の証拠(適宜掲記する。)によれば、本件売払契約二が締結される経緯に関して、以下の各事実が認められる。
(一) Cは、Aに対し、平成七年秋ころの三1(五)の機会に、大島の土地と別に資材置場用地を代替地として払い下げるようにして欲しい旨を伝えた。
(二) Aは、被告の資材置場用地として市有の水江町にある代替地を公団経由で被告に払い下げることで公団が被告と補償契約を締結してはどうかという案を、平成八年五月二四日に公団に勧めたが、公団はこれを拒否した。(甲一六)
そこで、Aは、これに代わる案として、市がEに払い下げるためにG株式会社(以下「G」という。)から買い上げる予定だった川崎市川崎区大師河原<番地略>所在の約一万〇五〇〇平方メートルの土地(大師河原の約一ヘクタールの土地)を思いついた。これにつき、大島の土地の他にさらに資材置場用に別の土地を被告に払い下げることは市代替地対策要領に反するのではないかとの用地部の部下の進言もあったが、Aは、これを無視し(甲一三の一二項)、同土地のうちの約六〇〇坪を資材置場用地として被告に払い下げるため、同年六月上旬ころ、大師河原の約一ヘクタールの土地全ての取得に固執していたEに対し、「一万平方メートル以上の土地を購入すると、川崎市の環境アセスメント条例に引っかかって、一年間土地を使用できなくなる」などと申し向けて、その一部を被告に対して払い下げることにつき同社から内諾を得た上、同年六月ころ、Cに対し、大師河原の約一ヘクタールの土地の一部の払下げが可能であるかもしれない旨伝えた。
(三) Aは、平成八年六月下旬ころ、Eから、大師河原の約一ヘクタールの土地のうち、被告に譲る部分は大師河原の土地になる旨の通知を受けたので、Cに対しその旨を知らせた。
(四) Aは、平成八年七月ころ、不動産鑑定士のDから大師河原の土地の価格が一坪当たり約一二一万円になるとの連絡を受けたので、その旨Cに伝えると、Cは、「その価格では被告にはとても買えない。」「もっと安くして下さい。」と述べた。
Aは、同年九月四日付けで大師河原の土地の価格が約七億二三〇〇万円(一坪当たり約一二一万円)である旨のD作成の書面をCに提示しながら、一平方メートル当たり三六万四〇〇〇円(一坪当たり一二〇万一二〇〇円)とし、その合計額から八〇〇〇万円値引きした額でどうですかなどと申し向けたが、Cから「もっと安くして下さい」「悪いようにはしませんから」と言われたため、Aは、Dに大師河原の約一ヘクタールの土地のうちの被告に売り払う予定の土地(大師河原の土地)について不整形地であることを考慮して評価するよう指示したところ、Dは、一坪当たり八〇万円台なら何とかすると答えた。
Dから大師河原の土地を約四億九二〇〇万円(一坪当たり約八二万円)と評価することが可能である旨の回答を得たAは、同年九月中旬ころ、Cに対しその旨を伝え、「もうこれ以上は下げられません」「この価格で納得して下さい」と言ったが、Aは、さらに不整形地であることを考慮するようDに厳しく指示したところ、Dは、最終的に、約四億五五〇〇万円(一坪当たり約七六万円)との評価をしたので、AがCに対しこれを伝えると、Cは納得して、大師河原の土地払下げの合意の条件が整った。(甲一四・一七)
(五) Aは、公団に働きかけて、同年九月二〇日大島の土地同様に依頼書を渋々ながら提出させ、また同日ころ市広域交通対策室から用地部長宛の川崎縦貫線に関わる関係人に対する代替地の協力方について(副甲)を提出させる(甲一一・一二・一六)とともに、同月下旬ころ公団と被告との間で立退交渉がまとまったことを受けて、大島の土地の際と同様な形で、同年一〇月一七日幹事会において、大師河原の土地の払下げを決定した。(甲一〇)
同年一一月五日、Gから大師河原の約一ヘクタールの土地を買い上げるについての公有財産取得伺書の決裁を経て、市は、Gとの間で土地買受契約を締結し、Aは、同月八日ころ大師河原の払下げについての代替地委員会の決裁を受けた上、さらに同月二七日普通財産譲渡伺書の決裁を受け、同日本件売払契約二が締結された。(甲一〇・一三)
(六) これらの間、前記三1(一〇)のとおり、Cは、Aに対し、五回にわたり、合計一八五〇万円の賄賂を供与し、Aは右各趣旨を認識しながら右各現金を収受した。
2 本件売払契約二の公序良俗違反性
以上の事実によれば、本件売払契約二は、大島の土地に加えて大師河原の土地をも払い下げるという点及び大師河原の土地の面積だけでも田町の土地に比べて極めて過大である点において、代替地の提供に際して従前の生活状況を復元する程度を原則とした市代替地対策要領(乙一の添付資料7)一二条の規定に違反しているといわざるを得ないし、さらに払下げ価格についても、不動産鑑定士のDに対してAから働きかけがされ、坪当たり一二一万円であったものが坪当たり七六万円まで下げられたという点でも違法と評価されるべきである。また、そもそも借家人に過ぎない被告に対して代替地を払い下げること自体は、非難されるべきではないという見解もあり得るが、少なくとも異例の扱いである。加えて、このような違法異例の扱いがされたのは、Aの尽力によるものであり、かつ、Aのそのような尽力がもたらされたことの主な原因は、三(1)(一〇)の時期・回数・金額的な関係からみて、CがAに高額の頻回の賄賂を交付したことにあると認めることができる。
したがって、本件売払契約二は、賄賂がなければ実現しなかったであろう程に賄賂との因果関係が強固であり、その他に右の諸事情もあって、公序良俗に違反して無効であるというべきである。
3 被告の反論に対する判断
これに対する被告の反論が理由のないことは、三3において説示したところと同様である。
なお、三3において触れられなかった点に関し、被告は、大師河原の土地の間口が狭く資材置場として使いにくいから過大な代替地ではない旨を主張する。しかし、既に大島の土地を取得した上、大師河原の土地は、間口が約一五メートルあるから、資材置場としての使いようはあるのであり、単純に広さが過大であると評価すべきである。また、本件売払契約二の価格が不動産鑑定士Dの鑑定によるものであることについても、右D自身がAから強い働きかけを受けている事実が認められるから、本件売払契約二が公序良俗に反するとの評価を妨げるものではないというべきである。
第三 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、主文第一ないし第三項の限度で理由がある(大島の土地に係る建物収去土地明渡請求も原状回復であるから、引換給付の限度で理由があることになる。)からこれを認容することとし、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・岡光民雄、裁判官・近藤壽邦、裁判官・平山馨)
別紙物件目録<省略>